【「他者論」で考える】コミュ力至上時代の生き方とは

コミュニケーション能力が求められる時代です。仕事をしていれば、誰かと話すという機会は必ず起きます。

いろんな人と話すことができる人は、いろんな情報を持つことができたり、仲良くなることで困っている時に助けてもらえるといったメリットがあります。

しかし、なかなかそれができなくて困っている方もいるかと思います。

「どうしてあの人はいろんな人とコミュニケーションが取れるのだろうか?」

そんな風に悩んでいる方に今回はお届けします。「コミュニケーション論」スタートです。

1 コミュニケーション能力向上の3つのポイント

結論からいうと、コミュニケーション能力向上には次の3つがポイントです。

 ①準備
 ②聴く
 ③訊く

3つ挙げましたけど、全てのポイントの共通点は、「他者理解」ですね。要するに相手の視点に立って考えよう、ということです、ひらたく言えばね。

「相手(他者)とは何か?」というのを認識すれば、きっとあなたのコミュニケーション観は変わります。

なのでコミュニケーション論と言いつつ、まず今週は「他者論」を展開した上で、次週に上記の3つについて解説していきますね。

2 コミュニケーション能力向上には「他者」を知ること!

いきなりですが、エピクテートスの「語録」(第一巻29章5節以下)をご覧ください。

ある時、暴君が悪事に加担をさせようとして、家臣を脅しました。

「余のいうことを聞かないと、お前の財産を没収をするぞ」
「どうぞどうぞ。財産は私ではありません。」
「それなら、お前の腕を切り落とすぞ」
「どうぞどうぞ。腕は私ではありません。」
「それなら、お前の首を切るぞ。」
「切りたければ、お切りなさい。あなたは私の体を壊しただけで、私の心を支配することはできません。」

このエピソードは、人間の心には誰も手を触れることができない、殺人者といえど、「心の否」には手をつけることはできなかったということを示すものです。

つまり、人間は認識できない存在ということです。

認識するというのは、法則に当てはまるというように、様々な情報を無理やり同じにカウントしてみるということです。

高尚な言い方をすれば、人間は認識できないので、一人一人かけがえのない存在であるということです。

例えば、学歴・身体的特徴・職歴・友人関係・家族などの情報を持って「あなたはこういう人だ」とカテゴライズしても「NO」と言って、人間はそのカテゴリーから離れることができます。

そう、「否定すること」は「自由」であることです。だから否定することができるから人間は自由な生き物なんですね。

3 コミュニケーション能力はやっぱり難しい!

私たちは他者から常に「否定をされる」可能性があります。

岩田靖夫先生は「いま哲学とはなにか」(岩波新書)の122ページで次のように述べています。

「他者はいつでも私より高い。他者は深淵の彼方で、自由なる者として、私に対面している」

それほどコミュニケーションをする相手というのは、どうしようもなく自由な存在なのです。

ではビジネス現場に立ち返って考えてみましょう。
「いまお時間大丈夫ですか?」という配慮や、「結論を先にいう」というビジネストークのマナーがありますよね。これは、まさに他者の絶対性から来ている考え方です。

他者は自分とは違う世界にいるのだ、そんな存在に振り向いてもらうにはどうしたらいいか?これこそコミュニケーションを円滑に進める一歩目の心構えです。

4 コミュニケーションが苦手だっていいじゃない!

逆にいえばコミュニケーションで悩む人に、これだけは言いたいです。
この記事で見ていただいたように、「他者」とは自由でどうしようもない存在です。だからコミュニケーションが難しいと思うことの方が自然なことです。

むしろ「自分はコミュニケーションを取るのが得意だ」と思い込んでいる人ほど、案外独りよがりで相手からは不快に思われていることもありますよね。

「コミュニケーションが苦手」だと思っている人は自信を落とさないでくださいね。
むしろそれを明確に自覚していることが、相手の視点に立つというコミュニケーションの一歩目を踏み出した証拠です!

一緒に頑張っていきましょう。それではまた来週。

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