【適当に生きるとは】アリストテレスと高田純次さんの共通点

今回はコミュニケーション論の続きです。
前回はコミュニケーション論を展開しながら、他者論をご紹介しました。

前回の記事は下記にリンクを貼りましたので、よかったらご覧ください。

【他者論で考える】コミュ力至上時代の生き方とは

前回のおさらいになります。

コミュニケーションには3つのポイントがありますと言いました。

その3つとは次のとおりでした。

①準備
②聴く
③訊く

じゃあこの3つの解説をしますと言いましたけど、結局のところ全ては「他者理解」でまとめられるんですよね。なので、これ以上解説のしようがないって感じです。今回はこれで終わりですね。(よし、締め切り守れた!)

え?それは適当すぎだろって感じですよね。

いいじゃ無いっすか、適当で。笑

では今週はコミュニケーションと言いつつ「適当論」を展開します。

なぜ「適当論」をやるかは、この思考法を身につければほとんどの悩みを解消することができるからです。適当って本当に元気になる最強の思考法です。

1 適当とはバランスのことです

「適当論」の代表思想家は、やっぱりこの人です。

テレビ、ラジオなど多方面で活躍されている高田純次さんですね。

その高田さんはよくこんなことを言うそうですよ。

「人生はバランスだ。」

適当という言葉は、なんだかチャランポランな印象を受けるものです。
「これは適当なとこで終わらせよう」って使うと、もっとできる余地があるのに、めんどくさいから終わらせました、っていう感じですよね。

でも漢字を見ると、「適当」の「適」は「適している」とか、すごくちょうどいいというイメージを持つものです。

また反対語の「不適当」は、当てはまらないという意味を持っています。

つまり「適当」という言葉は、ちょうどよく当てはまる、という意味です。
極端な結論・結果ではなく、バランスがいい、とも言えるでしょう。

そう、適当とはバランスのことなんです。

2 適当とはLET IT BE 精神のことです

高田さんはこんなことも言っています。

「いつもいつもうまくいくとは限らない。幸せの裏返しは不幸せ。豆腐だって表と裏なんか分かりゃしない。上を向いている方が表で、その反対が裏だけのこと。幸せ不幸せも似たようなものでいつ逆転するか分からない。そんなふうに思っているから、おっちょこちょいのくせして用心深い。自分の持てる運は少量しかないのだと戒めている。でも楽天的にツキのあるなしを見極めている。」

(「適当論」 高田純次 ソフトバンク新書 p,132より)

つまり人生全体を見渡して、成功と失敗、幸福と不幸というバランスをいつも考えるということです。

例えば仕事ではこんなことってあると思います。

どうしようもないほどに失敗が重なることってありますよね。ミスがまたミスを呼んで、相手先に頭を下げにいき、上司にも叱責されみたいな展開です。

どうして悪いことってこんなにも連続で来るんでしょうね。
そんなとき「適当論」が生きるのです。

「こんなにどん底なら、次は這い上がるだけだ。」

要するに適当に生きるというのは「なるようになるさ」というLET IT BE精神なんです。

3 適当とは現実を肯定することです

「カッコよく言えば、現実を否定せず肯定するということだ。だから、何でも面白げにやってきた。疫病神はいっこうにめげない自分を「張り合いのないやつ」と見限って、他のやつを探してどこかに行ってしまった。そうこうしているうちに、遠くから眺めていた福の神が「変なやつ」と顔を覗きに来た。そう考えている。」

(「適当論」 高田純次 ソフトバンク新書 p,133より)

 

この上の文章でやっぱり一番光るのは、「現実を否定せず肯定することだ。」
適当に生きるとは、「現状を肯定する」ことでもあるわけですね。

肯定するというのは、単純なことのようですごく思考法的にはポジティブな状態です。やはり「否定」をすることは、どちらかというと壊していくイメージです。

しかし肯定するということは、積み上げていくイメージです。今ある環境で「自分には何ができるか」という思考に自然となることができます。

4 「適当に生きる」とは3つの意味を持つ

さて適当論をまとめると、次の3つになります。

「適当に生きる」とは何か?

①バランスよく生きる
②LET IT BE精神
③現実の肯定

さて、適当論を展開してきましたが、実はそれに近いことを言っている人が、今から約2000年以上前に哲学界にいたのです。

それはアリストテレス先生です。

5 アリストテレスと「適当論」

アリストテレス先生は、人間が幸福になるためには徳を持つべきと考えました。
そしてその徳は次の通り2つあります。

①知性的徳
 物事を理解する知恵(ソフィア)、判断する思慮(フロネーシス)、作り出す技術(テクネー)
②倫理的徳
 勇気や節制

アリストテレス「二コマコス倫理学」

そしてこの2つ目の倫理的徳を持つには、常に中庸を選ぶ習慣を心がけるべきと述べています。

中庸とは例えば次のようなことです。

無謀

勇気

臆病

虚栄

プライド

卑屈

鈍感

おおらか

神経質

要するに中間の状態を選択する、バランスの良い選択することが中庸の精神です。

そして、その習慣を続けることが倫理的徳を身につけることになり、幸福に生きることにつながるということをアリストテレス先生は言っています。

これって、高田純次さんの「適当論」にすごく親和的な主張ですよね。

それでもバランスよく生きるというのは、頭ではわかっても難しいことです。
これが適当な答えです!と出ていればそれに従えばいいのですが、結局のところ中庸、適当、バランスの良い状態というのは、わからないのです。

アリストテレス先生は紀元前384年から紀元前322年に活躍した哲学者ですから、約2000年以上かけて人間はその答えを今でも探しているのかもしれないですね。

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