「主体的な人材」は幻想?

「指示待ち人間」っていう言葉を皆さんはご存知でしょうか。

「部下にはもっと主体的に動いて欲しい」と相談する上司の方もいるみたいですね。
そのような人材育成には、逆に質問して考えるよう促す、責任感を芽生えさせるといった方法が説かれています。

さてこの記事も指示待ち人間を脱却する方法について考えるのか、と思ったでしょうか。
しかし残念ながらそのような方法を書く予定はございません。

今回はどちらかというと、「指示待ち人間だっていいじゃない?」という記事です。
だから、上司から主体的にもっと行動しなさい、とか言われて悩んでいる方にはぜひ読んでもらいたいです。もしかしたら、あなたの上司だって指示待ち人間かもしれないですからね。

1 あなたの上司も「指示待ち」人間?

さて、一般的に指示待ち人間がダメという風潮があります。そして会社は「主体的な人材」を求めていると言われています。しかし果たして「主体的」とはなんでしょうか。

まずは「主体的な人材」というのを次のように定義しましょう。

自ら考え、自ら行動する人間。

これは人材業界だけではなく、教育業界でも「主体的な学生」の育成が叫ばれ、様々な取り組みをしています。教室では、「自分の意見をもて」、「自分で動け」そんなキーフレーズが氾濫しています。

しかしよく考えると、組織における主体的というのは、「(組織のために)自分で動け」という見えないフレーズがあります。要するに「主体的な人材」とは、限定的な制限がついた主体性を発揮しろということです。

つまり、マネージメントする側が「主体的に行動しなさい」は、部下を導く立場としては、具体的に指示を出すことよりも楽な指示です。

なぜなら指示される側は、自動的に「忖度」して行動することが求められているからです。こう考えるとですね、そこに思考性は全くないわけです。

主体的な人材とはどんな定義だったでしょうか。
「自ら考えて行動する人間」でしたね。その重要な要件である「思考すること」を指示する立場からすでに放棄しているわけです。

2 構造主義から考える「指示待ち人間」

次に「主体性」そのものに疑問を挟むこともできます。
人間は自ら考え、行動している、こんなのは当たり前だ考えられています。
しかし本当にそうでしょうかね。

フランスの哲学者、そして実存主義を唱えたサルトルは、人間は自由であり、主体的に行動することが大切だと考えていました。しかし、それに疑問を挟んだのはフランスの文化人類学者のレヴィ=ストロースさんでした。

彼の考え方は「構造主義」というグループに分類されています。

▶︎構造主義
 人間の言動は、その人間が属する社会や文化の構造によって規定されていると考える思想
  例:レヴィ=ストロース、ミシェル=フーコーなど

なぜレヴィ=ストロースさんは、サルトルに疑問を持ったかです。
それは、人間の思考や行動はその根底にある社会的文化的な構造に支配されていると考えたからです。

レヴィ=ストロースさんは、実際に未開社会の人たちと生活をして、人間の行動の構造を調査し、次のような発見をしました。

ある2つの未開社会同士で女性を交換するという風習がありました。そしてこの裏には近親婚の禁止という構造があることを発見したのです。

もともと婚姻とは女性を交換することで共同体間の絆を深め、社会関係を安定化させるという実践から生まれたと分析しました。現代日本もそうですが、西洋の一夫一妻制も、未開社会の一夫多妻制も交換のパターンの一つとしています。

レヴィ=ストロースさんの議論は、西洋でも未開社会でも、どんな社会でも共通する要素を抽出するというもので、どっちが優れている、劣っているような善悪論にしていません。

むしろこの場合は結婚という制度は社会にどんな意味を持つのか、という本質的なテーマにもなります。

構造主義のポイントは、現象の意味をそれ自体からではなく、それと関係する社会や文化に構造が読みとるところにあります。

3 本当に「主体的な人材」はいるのか?

主体性というのは、確固たる「私」という存在を前提にしていますが、本当にそのようなものがありますでしょうか。

「私」という存在は、他者との関係、文脈の中で現れてきます。

例えば、会社の中の私、家族の中の私、SNS上の私、友人たちの中の私。こう考えると、いろんな他者の中で「私」というものが規定されているのではないでしょうか。それほど、自分という存在は、他者に依存しているわけです。

仕事をする上で、主体的に行動するというのは幻想です。正しくは「主体的ぽい行動」をしているだけです。なぜなら、行動すること自体が、他者の影響を受けているわけですからね。

その意味では、質問をして考えることを促すなど、環境を整えるというのは、「主体的ぽい人材」育成には非常に理にかなっているわけですね。

だからもし一般的に言われている「主体的な人材育成」を目指すなら、やはり環境を変えることは正しいです。つまり部下に考えさせるような問いを出すなど、マネージメントをすることです。

4 「主体的な人材」というのは幻想

では「主体的な人材になれ」と指示を受ける立場の私たちはどうすればいいのか。
余計なことを考えずに、目の前の業務をベストパフォーマンスでこなすことではないでしょうか。

なぜなら「主体的な人材」というマジックワードは誰もわからず使って、一人歩きしている言葉だからです。

指示されたことでも目の前にあることを一生懸命に取り組んで、実績を積み上げていくうちに、結局他者から仕事はきます。そして経験が判断力を磨きます。それが周りからは主体的に動いている、と見えてくるという構造があるんです。

つまりですね、最初から「主体的な人材」なんてものはいないんです。
上司も含めてみんな、指示、要望、雰囲気など様々な情報を忖度して、経験を積んで動いているわけです。

主体的な人材というマジックワードに惑わされて悩むのは、とってももったいないです。

 

 

スポンサードリンク