技術の進歩が人間の仕事を奪うのか?

こんばんは。
イケガミーチェです。

「最近仕事の調子が悪いな。」

「このままでは仕事が奪われるのではないか」

さてやっぱりサラリーマンによっての最大の不安は、失業ですね。
色々失業に追い込まれる要因はありますが、ひとつには例えばこんな理由がありますよね。

「AI(人工知能)に自分の仕事が奪われるのではないか。」

今回の記事は、「技術が仕事を奪うのか」がテーマです。

1 「全自動化」が仕事を奪う?

まずは、技術の進歩の特徴として、「全自動化」というものがあります。

例えば、自動車も「全自動運転」というのが盛んに議論されていますよね。

自動車だけではなく工場も全自動化の動きが加速しています。
そのことに伴って、地域産業に次のような影響も考えられます。

かつてはでっかい工場があって、その周りに街を作ればそれなりの企業城下町ができました。
その企業、工場を中心に地域経済も回ったわけです。

しかしながら、日本の工場はグローバリゼーションの波に乗り、やっぱり次々と安価な人件費や土地代の海外に出て行っていきます。

ここまでが現在の地域経済を取り巻く環境の現状ですが、やはり今だに地域経済には企業工場が必要だと考えられる傾向にあります。

ただしこれからの社会においては、工場を作ると行っても、技術の進歩によって完全自動化で無人化を図られることでしょう。
それではかつてのように企業城下町が作られるとは限らなくなるわけです。

このような例を見ると、「技術の進歩が人間の仕事を奪っていく」という構図が危機感を持って語られているわけです。

さてこの問題、どんな風に考えればポジティブになれるのか良いのかと考えてみました。

よく考えてみると、こうした技術の進歩が人間の仕事を奪うということ自体が真新しく語られることに不安があるのではないかと思うのです。
やはり未知なる情報には恐怖がつきものですものね。
そのショッキング取り除きましょう!

そう、実は技術の進歩によって職がうばれるというのは、そんなに新しいことではない。
むしろ人類の歴史では珍しいことではないのです!

2 「千歯コキ」が仕事を奪った?

例えば、日本の歴史をみてみましょう。
みんなの大嫌いな日本史、「江戸時代の農村」という項目の授業で必ず出るこの道具。

「千歯コキ」

江戸時代の農具の発展の話で必ず出てきますね。
(ただの暗記だけでは本当に歴史の授業は面白くないですね、特にこういう道具を暗記するだけの項目はね。)

さてみなさんはこの道具の異名をご存知でしょうか?

実は【後家倒し】というのです。

【後家(ごけ)】というのは、今でいう未亡人という意味です。
つまり後家倒しということは、未亡人の仕事を奪ったという意味になります。

この農具の開発までは、手に持った扱箸(こきばし)という大型の箸状の器具で穂を挟んで籾をしごき取っていました。

しかし、束のまま一気に脱穀できる千歯扱きの発明によって、脱穀の能率は飛躍的に向上しました。

ただ非効率な扱箸による脱穀は村落社会においては未亡人の貴重な収入源となっていました。
だからこそ、千歯扱きは未亡人たちの労働の機会を奪うものとなり、後家倒し(ごけたおし)の異名をもつことになりました。

多くのビジネス現場では業務の効率化が叫ばれています。
「効率化」とは何かを落とすことですね。
千歯こきの開発は、まさに業務の効率化を図ったことで、後家の仕事を落としたわけですね。

これは余談ですが、政治学の世界でも、「政治的な決定とは、他を捨てることである」とも言われます。
だからこそ政治の世界では、常に「線引きの外にあるものは何か?」と問うことは大切なことだと言われています。

3 技術の進歩が社会を変える?

さて、このように道具の発展が社会を変えるというのは、珍しいことではないです。

でも逆に人間の社会が引き起こす「戦争」によって技術が発展するというのもよくある話ですね。

技術が社会を変えるのか。
社会が技術を変えるのか。
まさに卵が先か、鳥が先か見たいな話です。

技術論の哲学者といえば、ハイデガー先生です。

「技術に携わることによって、人間は開蔵のひとつのあり方としての用立てに参加する。しかし、用立てが展開される領域としての不伏蔵性それ自体は、けっして人間が作り出したものではない。」

ハイデガーが言うには、産業全体をありかたを規定しているのは、テクノロジーです。

例えば、林業は木材の製造が仕事になっています。そしてその大量の木材は、建築物だけではなく、新聞や雑誌のマスコミによる大量生産や、それにともなって作られる政治的な世論の形成にも必要となります。

現代社会では、世論の形成が重要ですが、それすらも木材という道具、大きな意味におけるテクノロジーによって規定されるということです。

ハイデガー先生の技術論的には、「技術が社会や人間を規定する」というようなニュアンスが強く感じられますね。

4 技術の進歩が仕事を奪う時代の生き方とは

しかしですね、先ほどの千歯こきの例を使います。
江戸時代との違いは、今の私たちは少なくとも職業選択の自由など、選択肢を持っているということです。

江戸時代の後家は、なかなか他の仕事に就くことは容易ではなかったと思います。
だから、千歯コキのような画期的な農具の発明がされてると、さて「転職だ」というような対処をとることは難しかったでしょう。

ただし今の時代は、良くも悪くも選択権があります。

「どうやったらこの先も食っていけるか」

この問いを常に自分に問いかけ、そして考え、意思を持って行動する。

ハイデガー先生が言うことに反論するとすれば、技術が社会を規定している側面はあるにしても、それを乗り越える「知恵」や「意思」も同時に人間は持っているということです。もっと人間であることに自信を持ちましょう!!

さて最後になります。
千歯こきのようなエピソードを見ると、歴史観も2つに分かれます。

一つは、社会や技術が進歩しているという見方です。

もう一方は、「道具が社会や人間の生活様式などを変える」という大きな構造は、人類の歴史が始まって以来特に変わっていない、という見方です。

人間は「進歩をしているのか」それとも「変わっていないのか」。

ものづくり大国、日本。
技術の話は突き詰めていくと、結構面白い話になるようなきがしてなりません。

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