【桑田佳祐特集】自分に居直ってみよう。<ほとどぎす(杜鵑草)より>

こんばんは。

イケガミーチェです。

日本のサラリーマンの皆さん。
お仕事お疲れ様です。

今回は通勤時間、休憩時間用のまったりした音楽記事です。
ぜひ癒されていってください。

私、とってもサザンオールスターズが好きです。
特に桑田佳祐さんの歌詞は、生き方にはとても影響を受けました。

今回は、「勝手に桑田佳祐さん特集」をお届けします。

1 あなたの原点となる作品は何ですか?

誰にだってきっと原点となる作品(音楽・映画・漫画など)があるだろうって思っています。

動画など次々とコンテンツが消費がされていく世の中ですが、きっと中には消費されない、むしろ固定資産として残り続ける作品が一人一人あることでしょう。

たまたまある友人と「夢」について議論した機会がありました。
友人の夢は「翻訳家」。

「もっとこうした方がいいんじゃないかな?自分の方が言葉のチョイスができるっと思うんだよね。」

「いーじゃん。じゃあもう訳してどんどん発信していこうぜ。」

この会話のキーワードは、「言葉のチョイス」の仕方。

その時私は思いました。

「自分の言葉のチョイスの原点は、なんだろうか。」

どんな言い回しが自分にとっておしゃれっと感じるだろうと。
それがサザン桑田さんなんですよね。

2 桑田佳祐「ほととぎす(杜鵑草)」より

アルバムが出て早4ヶ月。
桑田佳祐さんの最新アルバム「がらくた」から一曲ご紹介します。

本日は、アルバムトラック10番。

「ほととぎす(杜鵑草)」

おちゃらけている桑田さんのみせる落差のバラード調、つまりゆっくりしたスローテンポの曲ですね。

歌詞は次のリンク先にありますので、ぜひご参照ください。

ほととぎす(杜鵑草)歌詞

当然のことではありますが、原曲はないのでYouTubeより一般の方のカバーを貼っておきます。

3 桑田さんにとって「バラードとは何か」

さて、波乗文庫の「がらくた」(アルバム付属のエッセイ)で、桑田さんはこんなことを記していました。

桑田さんに影響を与えたビートルズは、最後メンバーの不仲具合をぶっちゃける「レットイットビー」というバラード曲を作りました。

桑田さんはそれ以来「だって人間だもの」っていう裏話や不条理を、全部世の中にぶち上げる文化が受け入れ始めたと語っています。

「バラード」といえば聞こえはいいですね。
でも桑田さんはバラードのことをこんな風に言っています。

別れて悲しいとか、自己陶酔の世界であることは違いないし、悲しい割には意外と冷静に自分を客観視できているじゃねーか、というツッコミを感じると。

なるほど、確かにバラードって聞いている方からしたら、こっぱずかしい私小説を聞かされているようなものですよね。

でもバラードってそんな私小説ぽさをオープンにするからできるものなんでしょね。

桑田さんもそんな「自己完結的なイヤラシイ自己陶酔の末にウタができるんだ」と語っていました。

どうしてバラードを書くのか。

これについては桑田さんも答えぽいものを書いていました。
次のようにまとめてみました。

苦しいことばかりじゃあ人間なんてもんは生きれない。
そういうてめえに責任があるって、わかっていても、人間は「救済」を求めるもの。

悲しみに落とし前や、苦しみに縁を切るために芸術・ウタを歌うなど、場合によってはドラッグや宗教などにすがりつく人もいるんだと。

最後に、こんな言葉でこの「ほとどぎす(杜鵑草)」という曲に関するエッセイを締めくくっていました。

「人生泣きたいこと、それなりにあるのよ。こんなおじさんだって。」 (P42 桑田佳祐「がらくた」より)

4 桑田さんの「バラード思想」

私はこのエッセイを見て、桑田佳祐さんの「バラード思想」を次のように定義したいです。

○ バラードとは

イヤラシイほどに自己完結的で自己陶酔によって生まれる、よわっちい人間の自分への救済。

改めて桑田思想の根源はこの点だと思います。

○ 桑田思想の根源

「弱さ」に居直っていること

私もよく「ハードル低くいこうぜ」とか意識低いこと言っています。
それもそんな桑田思想の影響だと、責任転嫁しています。笑

桑田さんの曲で個人的に思うのは、「自業自得的な別れの悲しみ」すらもポップに表現することでした。

でもこのバラード思想を見て思いました。
それは、ある種自分への救済だったのかなっと。

桑田さんは涙や忘却は、自浄作用だと言います。
このセリフは、悲しみすらも道化っぽく、ポップに仕上げる曲のスタイルに繋がっているのかなと思います。

その道化ぽさこそ、一つの自浄作用。
弱い人間の自己防衛力なのかなって。

さて、メンタルヘルスなど、心身の健康管理が求められる時代です。

桑田さんの「バラード思想」のように、「イヤラシイほどに自己完結的に自己陶酔的な生き方」をオープンに出せるようになったら、少しは楽になるのかなあ〜。

少しは自分の弱さに居直って、高いサクセスモデル(あるべきビジネスマン像や、夢とか目標とか)から降りてみるのもいいんじゃないかなと思います。

 

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