ルーティンワークを好きになろう

こんばんは。
イケガミーチェです。

せっかくの大型連休。
でも観光地は混んでいる。
だけど家にいるのはもッたいない!

そんな時は近所の本屋でもいかがでしょうか?

私は、本屋はその時の自分の興味を写す鏡なので好きな場所です。
自然と手にとったそのジャンルこそが、今自分の知りたいことかと認識できます。

最近見つけた本は、寺山修司と虫明亜呂無の対談本、「競馬論」という本です。

対談 競馬論―この絶妙な勝負の美学 (ちくま文庫)

 

まだどんな本かはわかりませんが、まず大好きな寺山修司さんの語る競馬ってどんな感じだろうかと。
そして競馬と人生論をどう絡めてくるのかが楽しみです。

なんだか今自分が求めているのは、なんだかギャンブルのようなドキドキなのかなーって思ったりしてますね。笑
安定をぶち壊したいという見果てぬない物ねだりをしているように気がしてなりませんね。

今の状態に不満は全くないのです。
ただ個人的には常にこのままでよいか?という疑問は・不安は持っています。

お小遣いは給料という形に変わりました。
自分の飼い主がお父さんから会社に変わっただけです。
どうしたらペットをやめることができるのか、まず止めるべきか、なんて考えることだってあるわけですし。

ペットのままであっても、飼い主を変えることの選択肢もあるわけです。
まだ競馬新聞の馬柱を見ながらサインペンのキャップを開けたまま止まっているような状態が現状です。

でも一方でこうしたステップアップとか、自己成長が本当に良い思想なのか?とも思うのです。

なぜこのままで良いか?と思う理由の一つは、ルーティン化した時間の繰り返しへの反発です。
ただし反発しつつも「同じことを何度でもやる」価値も私は尊重したいのです。

最たる例が「水戸黄門」です。
このドラマの面白さは、黄門様が必ず悪代官を締める、というルーティンが面白い。

「快楽はある種の反復性のうちに存ずる」(内田樹「疲れすぎて眠れぬ夜のために」より)

 

この本は、実は年末に読み終わっていました。笑
久しぶりに「哲学・思想」部門で面白い本だなって思って紹介しようと思っていましたが、忘れていました。

「ワンアップ」が流行っている世の中で、「ワンダウン」の1ランク下の自分を目指すことを提唱する。
なんともゆるふわな思想本です。

ちゃんとした学者なのに、内田先生の本は、全部面白いです。

内田先生は、「快楽はある種の反復性のうちに存ずる」ということに、桑田佳祐の音楽性も例にしていました。
ファンは桑田さんの新しい音楽を求めているのではない。
勝手にシンドバッドと同じ発想の音楽を何度も何度も聞きたいのであると。

全くその通りです。

同一なものに微妙な差異を含みつつ反復することに快感がある、というのはすごくわかる気がするのです。

こうした発想法は、「クリエイティブ族」にはわかってもらえないと思いますが、私は好きですね。

トピックは違っていても、いつもと同じ視点で語れる人って、すごく好きなんですよね。

 

「やっぱりこの人ってこんな話題でもその視点で見てるんだ!」

 

この瞬間って感動ですね。

面白いエッセイを書く人って必ず「ツイスト」があるんすよね。

音楽の話をしていて、世間との意見とは異なることを言うのはツイストではありません。
それは「水平移動」です。

音楽の話をしていたのに、いつの間にか経済や政治にも通づる話になっている。
これは「ツイスト」がきいていると言うわけです。

とにかく自分のフィールドに持ってきちゃうという技法、その変わらない姿勢を見ちゃうと痺れますね。

 

「お、これはすごくいいエッセイだなーって。」

 

でもそういう人って、いつでも、どんなところでも「同じこと」しか言ってないんすよ。
ただそれでいいんです。
ファンは「いつもと結局は変わっていないね」っていうのを見たいわけです。

この人の音楽は同じようにしか聞こえない、と否定的な感情を持った時は、やっぱりファンにはなれないわけです。

 

なんの話だったでしょうか。笑

 

要するに「自己成長」思想は、その成長を実感して得る快楽のために急激な変化を求める行動に駆り立てます。
でもね、快楽って案外つまらないと言われているルーティンの中にもあるんよね、っていう話です。

一方では変化を求める自分、もう一方では変化を求めない自分の論争が繰り広げられているわけです。

こうした「自己内対話」を繰り広げていくことが人生であり、人間の醍醐味です。

人間であること楽しみましょう!

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