会社の宴会の正しい費用分担は?

こんばんは。
イケガミーチェです。

相方の鉄人はフィットネス記事で色々体を使ったストレス解消法を書いていますね。
私は哲学記事で、ストレス解消を図っていきます!笑

みなさんも俗世の悩みをここは一旦忘れて、哲学して頭の体操をしましょう!

今日は会社の宴会をテーマに法哲学の<正義(justice)>について考えます。

「ん?法哲学?正義?」

そんな声が漏れ聞こえてきますね。

とんでもなく小難しいテーマに聞こえますが、大丈夫です。
会社の宴会。
こんな日常の些細な舞台でも、しっかり法哲学はできます。

それでは早速「正義」について考えていきましょう!

【ケース】会社の宴会の費用分担

部署で上司や同僚たちと宴会を開くことになりました。
さてどのような基準で費用を分担をするのが<正しい>のでしょうか。

今までのやり方は、職場は十数人で、これまで女性は数人の正社員だけ。
だから部署で宴会をした時の会費は、男女同額でした(他部署では、女性の方が安いところもある)。

しかし部署にパートの女性が数人増えた。
最初、宴会の会費はこれまで通り、男女社員、パート社員も同額にしていた。
すると、パート社員が「パートにも同額出させるなんて」と冗談交じりに言った。
これを受けてか、前回の宴会からは精算の時、男女の金額に差がついた。

さてあなたは今回の宴会で幹事になりました。

よく状況を見てみると、男性だからといってお酒をたくさん飲むわけでもない。
逆に女性はお酒を飲む人が多い。
ここだけ切り取ると、男女の額に差をつけるのは正しいのか?

しかし完全に同額にすると、正社員とパートさんとの額に差はつけなくては良いのか?とも言える。

男女に差をつけることが正しいのか。
お酒を飲める、飲めないに差をつけることが正しいのか。
正社員とパートという雇用形態で差をつけることが正しいのか。
役職で差をつけることが正しいのか。

さあこのように<正しさ>をめぐる議論<正義>の議論です。

つまり<正しいルールとは何か?>が法哲学の正義論ですね。

特に専門用語で言えば、このケースの正義は<分配的正義>をめぐる議論になります。

この議論は、古代ギリシャ時代を生きたアリストテレスから人類がしている議論ですね。

今回は飲み会をケースにしました。
ただこうした<正しい分配>をめぐる話は、マクロに見ても大切な論点です。

例えば、社会保障制度を維持するために、全ての人がさらに税負担をして制度を支えるのか。
もっと稼いでいる人の負担を普通の人より多くするのか。
そもそも制度自体を廃止して、全ての人の負担をなくすのか。

原発のような危険な施設をどこに設置するのか。
軍隊の基地をどこに設置するのか。

もうあらゆる場面で<正しい分け方>という、<正義>をめぐる論点はあります。

ただいづれにしても、現在のところ<正義(正しい)の分け方>の大原則は次の2つでしょう。

(1)全ての人に平等に与えられる。(または負担をする)

(2)ただし分け方に区別をする場合は正当な理由が求められる。

まず(1)ができれば、何も問題は起きないのですが。
だいたい問題は起きるわけですね。笑

だから(2)の正当な理由を考えるわけです。

ただしおそらく生活やビジネス上では、正当な理由というのは哲学の<正しい>とは若干違うかもしれないですね。
つまり正当な理由とは、<おおよそ合意できる>レベルが実務で求められるものだと思います。

今回のケースでいう飲み会の場合は、参加者が合意できればどんな分け方でも問題はないわけですね。
そこに客観的に正しい分け方を哲学のように求めているわけでないです。

ただ実務であっても、<おおよそ合意できる>というのは、おそらく社会的な常識を反映したものですよね。
またそれを合意するために『他者に説明できる』というのが、正当な理由の重要な要件ですね。

昨今は「記憶にない」等で「説明できない」ことが多いですが、やや正義にかけているのではないかと思うわけですね、、

さてさて、今回は宴会を舞台に<正義>に関する議論をしました。
おそらく生活や仕事上で、「どんな分担が正しいのか」、というような<正しさ>をめぐる論点は必ずあると思います。
今回は具体的な正義をめぐる様々な思想家の考え方は紹介はしていません。

ただみなさんなりの<正義>を考えてみるのも頭の体操になるのではないでしょうか!
たまには俗世の悩みを忘れて、哲学で頭のストレスを払って生きましょう!

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