仕事のやりがい哲学~やりがいなんて簡単に感じられる~

就職してはや3年、仕事のやりがいがない、仕事が辛いなどという言葉を数多くの場面で目にしてきました。

私は、大学時代はライフセービング、高校時代は部活動に熱中をしており、現在はもちろん、仕事にも熱中しています。

回はなぜ、自分と他者が異なっているのかを分析してみたいと思います。

そもそもやりがいとはなにか?

そもそもやりがいってなんでしょうか。

この言葉、大学生になって、新社会人になって初めて出てくる言葉だと感じています。私は実はやりがいという言葉を使ったことがないので、

自分なりに捉え直し(リフレーミング)をします。

哲学ですので、問いが大事です

そして私の問は、高校時代とかに置き換えて、
「野球部のやりがいってなんだよ?」

という言葉に置き換えてみたいと思います。

皆さんは部活動に励んでいた時、熱中していた時、没頭していた時、
皆さんは、「部活にやりがいあるんだよね~」なんてクラスメイトに語ったでしょうか。

そう、語ったことはないのです。

当時あったことは、「熱中していたこと」「没頭していたこと」ただそれだけです。でも皆さんの求めるやりがいの多くは「熱中・没頭=やりがい」のはずです。

「誰かを幸せにする」ために部活動をやっていたでしょうか。きっとそうではありません。ほかでもない自分のためです。

自分のためであるからこそ「熱中」したのです。

やりがいへの答え(仮)

ここで先程の「野球のやりがいってなんだよ?」という少々投げやりな問い
への答えは 「野球への熱中・没頭」です。

熱中できるからこそ、その熱中する過程で
成長できる。成長できるからこそ、他者に貢献できる

こんなことではないでしょうか。

私は、ライフセービングの世界に、サーフィンの世界に、とにかく熱中していました。なぜ熱中していたか。

それは、日々のトレーニングを改善したり、量を積み上げることで
スキルアップできるから、ということと


チームメイトと教え合うことでお互いを高め合うことができるから

そういった意味では、ライフセービングじゃなくてもいいといえるでしょう。

別に同じようなスキルアップ感を感じられて、ワクワクできるものであれば、バスケットボールでもボーリングでも良かったと思います。

やりたいことベースではなく、熱中ベースでやることを考えることができれば


自然とやりたいことをやっている自分に出会えるはずです。

やりがい=熱中・没頭、やる種目はなんでもいい

ここで少し話をまとめていきたいと思います。

  • やりがいというのは熱中する過程・結果で感じられること
  • やること(種目)はなんでもいい。
  • 「やりたいこと」は探してもない。部活を選ぶくらいフランクにやるもの

とまぁ、こんな感じです。

でもみなさんの中では、
せっかくなら「自分の強み」を活かしたいという方もいるのではないでしょうか

ただこれも、「強み」とは何かということを考えると、
強みを活かすことは非常に難しいことがわかります。

強みは存在しないもの。

もうすこしだけ触れておきたいと思います。

とはいっても、「強みを生かしてやりがいを感じたい」という方もいるでしょう。ここで

問「強みとはなんでしょう」

私の仮説はこうです。

答え「強みはそのコミュニティで決定されるものであるから、絶対的な強みは存在しない。」

ということです。

例:

リーダーシップが強みのAさんが、強烈なリーダーシップを発揮するα㈱に入社したとします。
Aさんはどんな貢献ができるでしょうか。

この例題、Aさんはきっと試行錯誤するでしょう。もしかしたら自分の強みはリーダーシップではないかもしれないとさえ思ってしまうでしょう。

つまり、
「強みはそのコミュニティで決定されるものであるから、絶対的な強みは存在しない。」 ということがわかるはずです。

仮にどんなコミュニティでも通用する、「強み」がその人にあるとするならば、
それは玄人であるはずですね。
無論、ある程度の年数を経なければ、そういう人にはなれません。

この強みというのも、

熱中することを通して、時間をかけて獲得されるものといえるでしょう。

熱中するために承認欲求は捨てる。ポイ

読者のみなさんは、人から認められるために熱中してきましたか?

もちろん、チヤホヤされたいとか、モテたいとかもあったかもしれませんが、
基本的にはないでしょう。

熱中する・没頭するということはその名の通り、ある種周りが見えなくなるような現象でもあるからです。

さて、翻って、職場ではどうでしょう。

職場を見渡すと、「誰かに認められたい」「上司に認められたい」というのが見え隠れする発言が多いはずです。

twitterでは、インフルエンサーになりたいということが見え隠れするユーザーばかりです。

ただこれって、「熱中するほどのこと?」なのでしょうか。

承認欲求は熱中することから自分自身を遠ざけしまうので、徹底的に自分の中から削除することをおすすめします。

ちなみに、これは私の独断と偏見ではなく、
アルフレッド・アドラーからも指摘があります。

承認欲求は人間の傾向性であり、だからこそ抗わなければ行けない

嫌われる勇気:岸見一郎

一時期流行った本でもあるので、かなり広まっているかもしれません。

まとめ:熱中の価値について

現在、ビジネスコンサルは限界を迎えています。
それはこれまでの「フレームワーク」が通用しなくなったことと、

フレームワークのコモディティ化が進んだためです。

このような自体になっているからこそ、
「熱中」には価値があると考えています。

なぜなら熱中することで、
沢山のメタ知識が獲得できる
熱中したことには知識の広がりがある からです。

好きだから学ぶし、学ぶからもっと好きになる。
そんな人にはいくら頑張っても追いつけません。

そして、そういう過程で獲得した知識はおうおうにして、
他のことでも応用できるでしょう。

機械的なスキルや、資格取得はもはやスキルのコモディティ化と自動化の影響を受けて、無価値になりえます。

こんな時だからこそ、変化の早い時代だからこそ、

自身の熱中に集中してみてはいかがでしょうか。

★本記事を書く際に参考にした書籍をご紹介します★

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